金曜の夜、ぼくは老眼鏡を買いに行った。




金曜の夜、会社を定時で上がり、老眼鏡を買いに行った。


正確に言うと、「メガネの上から老眼鏡(レンズに挟むだけの簡単装着!)」という便利グッズ。

8年前から老眼が進んでいる。その割に視力は1.5あり、また右目だけ乱視だそうで、眼鏡を外したり付けたりを繰り返していると(もしくは付けたり外したりしたいのに、できないでいると)、気分が悪くなることがある。吐き気を催すのだ。

もうひとつの不都合な点は、名前を呼ばれた時である。

「・・さん!」

「はい!」

と振り返る。もしくは、顔を上げて、5メール以上は先にいる相手を見る。主に職場での話である。

勢いよく、振り向きざまに、老眼鏡を外す。
パソコンに埋めている顔を、上げると同時に、老眼鏡を外す。

そして相手をぱっと見る。

すると、大抵の呼んだ方の相手は、おやっ、という顔をする。

勘違いのはなはだしい男(主に初老)だったりすると、

「こいつ俺に気があるんじゃないか」

という顔をあからさまにする。

ちょっとおつむの弱い若造だと、

「なんで眼鏡外したんですか」

とにやにや笑う。

そんな奴に限って、未だに出身大学のレベルの話ばかりをして、「高卒の方がよほど覚え早いだろう~なぁ」などと大きな声で高卒の知り合いを褒め、自身を下げるふりをして「大卒」を自慢している。「ふぞろいの林檎たち」か。古すぎるだろう、と内心毒づいていることも知らぬ。


そんなわけで、世の中の男は馬鹿が多いため、気持ち悪くなっても、老眼鏡をなかなか外せないので、ダイソーに買いに行った。


「メガネの上から老眼鏡(レンズに挟むだけの簡単装着!)」


素晴らし過ぎる響き。それさえあれば、私の人生におけるすべての不都合を一気に解決してくれるように思えて来る。急ごう。休日前夜の金曜日の夜に、定時に上がって、真直ぐに、老眼鏡を買いに、ダイソーへと向かって行くのだ・・



通勤途中の町、町田駅。ダイソーの傍の景色。

これが天下のダイソーだ!(天下ですか?)

店舗に入ったとたん、「うまい棒」を見つける。衝動的に10本購入。

デザインの可愛い老眼鏡及びグッズがたくさんある。嬉しくなってあれこれ購入。


実物を見ると、思ったよりレンズが大きい。ここまで来るのに、登山に行った日々を連想するほど疲労している。ダイソーは想定外に駅から遠いのだった。「あの歩道橋の上まであと200メートル・・」やっと来たからには是が非でも話のタネに買って帰ろう。いったんカゴに入れて、思い直したように、また陳列棚に戻しに行った。

このどでかい老眼鏡を付けた自身を想像したら、耐えきれなかったのだ。

家で付ければいいじゃないか・・・
違う、私の不都合は、主に写真旅行や職場での話であって、家で良い具合でも何の意味がないのだった。


「・・・さん!!」

「はい!」


呼ばれて勢いよく振り返る。
もしくは、パソコンから顔を上げる。

と、同時に、眼鏡の上から老眼鏡(のレンズ)をぱっと持ち上げる。



これだ!!ダイソーに売っているという「メガネの上から老眼鏡」
しかも私の場合は、+2.00だ!



確かに、しゃれっ気付いている、もしくは、俺に気がある、とはもう、馬鹿な男どもに思われないだろう。付けたり外したり、して、もしくは外したり付けたり、できなくて、気持ちが悪くなることももう、ないだろう。

長年の不都合が、一足飛びに解決できる瞬間だと言うのに。


何だこの違和感。






どうしても、購入する決意が持てぬまま、陳列棚に戻して、ドンキホーテに行く。

代わりに、ちょっと可愛いデザインの老眼鏡(3つ)に老眼鏡をぶら下げるグラスコード(2種類)に老眼鏡磨きを兼ねた老眼鏡ケース(うさぎ型)を購入した後。



ドンキホーテで、久しぶりに、ガラスケースの中の高給ブランド品をしげしげと眺めて、セクシーな女性用下着風の甚平なるものに興味を示している。



ニッセンさんのページより。こんな感じだったかな?もう少しレースの下着風でしたが。


これが天下の殿堂ドン・キホーテだ!(天下ですか?)

扇風機可愛いじゃねーか。(ほしい)

衝動的に欲しくなる。国内旅行だけでなく、海外にも行きたいものだ。





思いっきりしゃれっ気付いているじゃないか。眼鏡の上から老眼鏡で、忘れかけていた美意識に目覚めるなんて、何年老眼鏡付けてるんだ。老眼鏡と共に生きてきた歴史が泣くわ。

所詮、馬鹿な男ども、などと人のことを言えぬ、負けず劣らず馬鹿な女だったと言うことだろうか。

ところで、若い時に「学歴」と同じくらいに「ブランド品」という確固たる階級の壁があった。競うように、ブランド品を持って、女子たちはお互いを見定め合っていた。あの当時は、それを異常だと思い、人並みにヴィトンだのフェンディだのを買いながらそんな自分を嫌悪していた。もしくは、一人で拒否して、ずた袋みたいな無印のフランス製の布バック(ヴィトンと値段変わんねー)を持っていた時期もあった。
が、久しぶりに、ガラスの向こうの陳列棚に並んでいるブランド品のバックやら財布やらを眺めていたら、妙に、無性に、欲しくなって来たから驚いた。

もうそんな階級が意味をなさなくなった年になって、初めて、意味のあった時代のありがたさを感じたのか。
いや、それよりも、美意識が若い時より失われたのだろうか。
(なにせダイソーの老眼鏡が可愛いと満足するくらいだ)





おまけ。いつでも寝ている猫。カメラ向けたらびっくり顔に。





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