女二人旅・東京湾大華火祭編 ~「魔の山」的精神修行と実戦と~



 8月10日、土曜日。何度目か忘れてしまった女二人旅。今回は、東京湾華火大祭に出かける。





 東京湾大華火祭実行委員と中央区と朝日新聞が主催する東京で一番人気の花火大会。今夏最後の花火鑑賞、及び花火撮影。決戦の日。先々週、昭和記念公園の花火大会が開始直前に中止になった。雷と豪雨に晒されて公園出口と駅へと殺到する人々の群れを目の当たりにして、私は錯覚を起こしたものだ。ある日突然の天変地異、逃げ惑う人々、パニック。まるで映画のワンシーン。地震なのか、戦争なのか、そう遠くない未来に起こるかもしれないと予想していた情景。まるで魔の山のラストシーン。そう、余談だが宮崎駿の「風立ちぬ」は「魔の山」のエピソードが多数使われているという。トーマス・マンの結核文学。不治の病に掛かり、切り離された「魔の山」で机上の空論のごとき真理をこねくり回している誇り高く聡明な青年たち、主人公は天変地異的に起こる戦争によって、やっと「生活」へと戻っていく。(※注)「生きること」に戻らざるを得なくなる。ぜひ次の休みは「風立ちぬ」を見たいものだ。私たち現代人が結核に犯された病人であると、宮崎駿は皮肉っているのではないかと予測しているがどうなんだろう。やはり戦争賛美の映画なのか。気になるところだ。いや、話が逸れたが、昭和記念公園の嵐で、私はこともあろうか大げさなことに「世紀末」を垣間見たのだ。花火大会は最高の夏のイベントだと思っているが、あの人の多さには辟易する。今宵は天気もいい。リベンジである。友人I氏と勝どき駅に17時30分に待ち合わせる。去年は芝浦ふ頭で見たが、今年はI氏が晴海主会場の入場整理券を抽選で引き当てたのである。ブラボー。整理券を提示して、人混みから逸れるときに、私がどれだけ安堵したか、幸福な気分になったか、まだ魔の山にい続けたいのか、とたとえ笑われても、あの嵐のパニックはごめんだ。


(注・トーマス・マンの「魔の山」に関して私は否定的な解釈をしているが、実際は全然違う。生活=肉体に対して精神世界の果てを試みたと見る、こちらがノーマルな解釈。→松岡正剛の千夜千冊より「トーマス・マン魔の山」


 ちなみに、コースはこんな感じである。
 勝どき駅→晴海主会場→勝どき橋→築地→歌舞伎座→東銀座




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 写真下、勝どき駅から晴海主会場へ。勝どき駅はホームを降りた時点で人混み。もたもたしていると詰まって歩けなくなるので、ダッシュで浴衣姿の若者たちを掻い潜って地上へ向かう。地下鉄の出口を出てすぐにI氏と合流。晴海通りは花火会場へと向かうここも既に人混み人の群れ。





 写真下、入場整理券を見せて主会場方面へ。





 夕暮れ時の空が仄かに染まっている。




 晴海主会場の入口。ここで入場整理券を返さなければならない。残念。渡したフリをして記念に持ち帰りたかった。平和。平穏。ささやかな幸福の象徴。





 主会場には実行委員によって既にブルーシートが敷いてある。ご丁寧に区画割されている。若干迷った末に、I氏の勧めにより、後方の席が花火が見やすいだろうということに落ち着いた。ブルーシートの一番後方の空いたスペースを陣取る。この晴海会場、整理券によれば「観覧スペースでの三脚の使用はご遠慮いただいております」とのことなのである。しかし、花火が見渡せて、他の観客に迷惑をかけない最後方の観覧スペースはカメラマンに人気だった。三脚を(1mほど)低めに立てた輩(やから)がずらりと並んでいた。警備員や会場スタッフも注意するでもない。これ幸いと、真似をして、目立たぬ程度の高さで三脚をセットする。


 写真下、二人で記念撮影。配られていた25回大会のパンフレット。

 

開くと夜空の花火が見えます

夕陽をパチリ


 打ち上げ時間になって未だ空が明るい。








 やや暗くなってきて、やっとベイブリッジもはっきりと映り始める。








 短時間に何十発何百発の花火を連続して打ち上げるスターマインは、うまく撮れたためしがない。明るすぎて飛んでしまう。光量を1/8に減らす、3絞り分の光量を調整するND8のフィルターをつけて確かF16くらいまで絞ったと思うがまた失敗した。前回の足立の花火での失敗 ―絞りすぎて夜空が真っ黒になってしまった、花火も色が綺麗に出なかった― を活かそうとしたのが悪かったのか。





 
 プログラムは6部構成。第1部は菊や牡丹、千輪と呼ばれる昔ながらのポピュラーな花火。2部、3部はキャラクターものやイルージョン。4部はレインボーブリッジと大江戸花火(EDOをモチーフにした・・)の共演、5部が頑張れ日本!と銘打って復興祈願と、確か福島や岩手など、被災地の花火師たちの作品が打ち上がったと記憶しているが、これがまた素晴らしく、尺玉も大きくて色も形も独創的でそれは美しかった。




何かわからないけどキャラクターの花火(右)











 連続してシャッターを切っているので、途中でちょくちょくフリーズしてしまう。カメラが書き込み中になってストップする度に、スマホタイムと称してiPhoneで撮り始める。黒いうちわをはためかせて、私のカメラの長時間露光を手助けしてくれているI氏も、この時ばかりは自分のスマホでバシャバシャ撮りまくる。



スマホで撮る花火

中央区の?何かのキャラクター

カメラとI氏の影


 フリーズが終わると、休憩終了、でまた一眼レフと対峙する。スマホで撮っていたはずのI氏も、不思議といつの間にかうちわを扇いでいる。いや、あれは疲れたのではないか。なぜならシャッターを切っているだけのこちらが疲れたのだから。いや、疲れた。長い。なんて長い花火大会だ。花火を撮っていて、疲れを感じたのは生まれて初めてだった。今年最後だということと、足立と立川のリベンジだという思いがあったせいか。集中していたのか、力んでいたのか、途中気力が失せていく瞬間を感じたものだ。(そしてスターマインでまた失敗する・・)


 








 そろりそろりと大きめの花火が上がり始める。ベイブリッジの位置を比べると、高さがわかるだろうか。

 5部を過ぎると大玉の尺五寸(15号玉)がバンバン上がっているように感じたが、あれは尺玉(10号玉)だったのか、プログラムによると、尺五寸はフィナーレの6部の最後の最後にだけ上がるような書かれ方である。













 写真下、ちょっと趣向を変えて、暈して撮ってみる。(あまり面白みもなかった・・)










 たしかこの下の写真から第5部の被災地の花火師たちが共演の作品のラッシュだったと思うが。











 I氏と私は、5部を見終わったらカメラを片付けて会場を後にしようと決めていた。最後まで見ていると、駅へと向かう人々の渋滞にはまって動けなくなる。足立で懲りていたので、今回は一番の山場のグランドフィナーレは帰りながら(歩きながら)見ることにしたのである。





 
長時間露光中にズームリングを回してみた





最後は冠(かむろ)の花火で後を引くように


 座って見ているときは気がつかなかった。歩いて、移動しながら見上げると、どん、どん、という花火の音がやけに響く。グランドフィナーレだから大玉に近いものばかりが上がっているとしても、それにしても腹に来る。振り向くと、木の葉の間から上がり弾ける花火がまた迫力である。

 同じことを考える人は意外といるようで、フィナーレを帰りがてらに見る人々の多さ、彼らは一様に振り向きながら、時に立ち止まりながら、今年の夏の最後の花火を惜しむように見上げ写真に収める。









 それでも、「魔の山」の修行が効いたのだ。I氏と私は渋滞にもパニックにも遭遇せずに、天変地異的な情景を目の当たりにすることもなく、無事隅田川を渡る。

 東京タワーを遠くに見つけて、そして思い出している。いつかこの橋のある場所が、突然降り出した雨の夜、カメラを濡らさぬようストールに包んで、赤子のように大事に抱えて、「引き返した」場所であることを。

 あの時、雨に降られた私は築地に引き返した。まっすぐ歩けば、直に勝どき駅だということも、当時は知らなかったのである。

 ああ、今日今宵が、あの夜じゃなくて良かった。あの時の私じゃなくて良かった。
 隣にI氏がいてくれて良かった。

 「魔の山」での修行と同じくらい、私は実戦を重ねて生きてきたのであった。
 今この時に、そのことを、嫌というくらい、心底、思い出したのだ。



勝どき橋

東京タワーが見える

勝どき橋を渡って築地へ




東銀座が近くなり、
歌舞伎座が見えてきた





 今日の戦いは終わった。後は、ご褒美が待つのみである。


 新生、歌舞伎座を見て、みゆき館銀座5丁目店(※注)へ。旧名ガルり・カフェ・ル・グランというこちらのカフェの老舗モンブランが絶品なのだそうだ。
 モンブランの和栗は熊本県の球磨産とメニューに書いてあったので、マイブームが熊本(というより九州だが)の私は、迷わずモンブランを注文する。


 カウンターのあちらこちらでコーヒーを作っているのに、なぜかメニューに珈琲がない。紅茶だけである。はじめは紅茶専門店かと思った。店員の少女に、聞いてしまったほどであった。カウンターを指差して、「これなんですか?」

 水出し珈琲メーカーです、とは言わなかったけれど、「珈琲を作っています」と元気に答えた少女、不思議である。結局頼んだロイヤルミルクティーは、味わうべきところを一気飲みしてしまうほど美味しかったので何の問題もないのであるが。

 
 

みゆき館銀座5丁目店

メニューの和栗のモンブラン。
飲み物は紅茶のみ。もう一冊珈琲用のメニューがあったのか?




ロイヤルミルクティー(モンブランよりこっちが絶品かも)

ベースのメレンゲ カリカリだが口に含むとすぐ溶ける

銀座へ訪れた際は是非どうぞ






 


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